うしくじら-宝島事件-

登場人物

吉村九助貞翁…在番(横目)
松元次兵衛……在番
貴島助太郎……在番
中村理兵衛……在番(横目)
前田孫之進……村役人
平田藤助………村役人
平田平六………村役人
本田助之丞……流人
田尻後藤兵衛…流人
吉田孫吉………遠見番
異人……異国船乗組員

宝島

 薩摩藩本港より南へ90里(350km)ほど。翠玉の光と珊瑚礁で覆われた、カタバミ型の穏やかな小島。
 トカラ列島の最南端に位置し、周囲3里半(13km強)ほどのこの島では、何処にいても潮の粒を浴びているかのような感覚を覚える。
 薩摩藩直轄領のため、郷には属さず舟奉行の支配下に置かれていた。遠見番所を設置し、藩より在番が派遣され、海上警備の要の一つでもあった。
 古くから農耕や漁業に精を出し、毎年のように訪れる台風に疲弊しながらも村高390石余。
 また、隣の小宝島とともに日本列島で最北端の位置にハブ(トカラハブ)が生息しており、彼らともまた長い付き合いである。

黒船現る

 朝催いを済ませ村に賑わいが出てきたころ、遠見番の男が集落へ駆け下り、息を切らしながら番所へ走ってくる。
松元「如何したっ」ごくりと息を呑む。
孫吉「沖合に、船がっーー」
理兵衛「国許からか」飯をすすめる。
松元「否、薩摩より来島の知らせは入っておらぬ」
 両名騒然とし、朝餉あさげを避けて遠見番へ近寄る。
孫吉「北の沖合に太っとか船がーー白帆を掲げちょいもすっ」
松元「……相分かった。他の者へも伝えよ」
孫吉「はっ」急ぎ走り去る。

 在番の松元次兵衛・横目の中村理兵衛は慌てて丘の天面まで向かう。
 相当に息を切らしながら遠眼鏡を覗き込むと、確かに大船が向かってきている。
松元「何奴だ」
理兵衛「琉球……もしくは清ではござらんか」 
松元「いや、見たことがない」
 急激な不安がよぎる……そして確信する。
松元「異国船かっ。相当に大きいぞ」

 この日、島の南東、荒木崎あらきざきより女神山めがみやまに向かってたつみ(南東)の風が吹いている。本来ならば西方へ流れるところを、爽快に波をかわし徐々にではあるが近づいてくる。その船の大きさと力強さと黒塗り、この3点で充分である。
 近年各地へ訪れる異国船来航の様子は、離島の役人にも伝わっている。薩摩藩が各地へ大急ぎで遠見番所を増築させたのも、異国船の警戒心からである。

 集落では、騒ぎを聞きつけた村人たちが慌てふためき逃げ惑う。
 村役人の前田孫之丞は、騒ぎを平らげようと必死に奔走する。

 やがて、村役人の平田藤助、平田平六たちが丘の天面に集まりだす。徐々に迫り来る大船に胸を圧迫され、中には足がすくむ者もいる。
松元「鉄砲を用意せえ」
平六「へっ」
松元「襲撃に備えるんじゃ。そいから、集落にはとかく、家に篭り落ち着くよう云っておけい」
藤助「はっ。集落は前田の旦那がーー」
松元「左様か。お主は見張りを続けよ」
佐吉「はっ」

 数名の役人に指示を出し、残った者を引き連れ、やがて来るであろう浜へ急いで向かう。
 浜手前にて足を止め、藪の中からはみ出さぬよう身を隠す。
 やがて、在番の貴島助太郎、所用にて派遣されていた横目の吉村九助も到着する。
松元「何処へ行っておった」
九助「気にかけることが在りもして、貴島殿としばし大間おおまの鍾乳洞へ」
松元「そうか……しかし、難儀なことになった」
九助「ええ。異国船にて間違いなかでござろうか」
松元「おそらく」
貴島「レザノフやフェートンの件もありましたな」
松元「うむ」
 松元たちは、沖へ目を向け緊張を走らせる。

 日盛りを過ぎたころ、大船は島北方にある前籠まえごもりの沖合半里(2km)ほどの位置に構え、なんとも大きな錨を、けたたましい掛け声とともに海面へ叩きつける。
 その迫力に圧倒される役人たち。只々硬直し、声も発せられぬ。
理兵衛「一体、俵をいくつ載せられるのだ……」
九助「100……いや、200でも効かんかもしれぬ」

 やがて、1艘の脚船はしけを降ろし、を翼のようになびかせ、辺りを警戒しながら7人の男たちが浜へ着く。
 勢が太く、鼻尖はっきり高く、凸型の笠をかぶっており、その外れからは毬毛いがげがはみ出している。
松元「やはり。異人か」
九助「如何にも」
松元「お主らは待機しておれ」
 松元次兵衛は、中村理兵衛の二の腕を掴み上げ、自身らだけで対応すると言い出て行く。
 一見勇猛ではあるが、その足取りに鬼島津の影は非ず。

牛を乞う

 浜には3人の男たちが降り立ち、すぐに引き返せるよう、残りは脚船はしけの中で待機している。
 打ち寄せる波の音が響く中、7人の翠玉の眼が一点に集中する。

 両名が現れ、極度の緊張状態に陥る。やがて、緊迫した空気の中、口火を斬る。
松元「何処の船か」
異人『首を傾げ、両の掌を天へ向け、大きく広げる』
 7人は互いの目を見やって首を振る。次いで何やら話し始め1人の小柄な男が前へ出る。
異人『船を指し、島の周辺を大きく左右に指し、両の手を丸め、互い違いに目に当てる。浜の先にいる数頭の牛を指し、手を招いて軽く頷く。クチギワは軽く上がっている』
 後方の男たちも、クチギワを軽く上げて頷いている。
松元「……牛を乞うてるようだ」
理兵衛「へい、そのように」
松元『大船の向こうを眺め暫く考え込む。次いで、申し訳なくも凛々しく首を振り、腕を突き立てる』
異人『顔を渋く強張らせる』
理兵衛『恐る恐る目で見やり、首を振る。』依然、鬼島津の影は非ず。

 強くなりだした潮風に煽られ藪の中から人影が現れる。辺りにも点々と影が現れ、島全体からは所々に影を感じた。
 男たちは危険を感じ、両名に手振りで別れを告げ、浜に降り立っていた者を脚船はしけに乗せ大船へと引き返していった。
 影には、横目の吉村九助以下、役人数名、恐ろしくも好奇に惹かれた村人たちの姿があった。

 大船は北方へ走り去り、やがて夕闇に紛れて見えなくなった。
 在番所では役人が集まり、今後の対策を練る。
九助「やはり、狙いは牛ですか」
松元「うむ。長崎から聞いておったが、奴らが牛や豚を食すというのは誠らしい」
 役人たちがひそひそと騒ぎ出す。
理兵衛「ですが……」
松元「うむ。幕府からは交易を禁じられておる」
九助「それに、我々にとって牛は労働力。やれんですな」
 そこにいる役人全員に緊張が走る。
理兵衛「また来やっとでしょうかねえ」
松元「いざと云うときは……」
 多くの者が息を呑む。
九助「先ずは見張りを立てましょう。より多くの場所に」
松元「うむ。より遠目が利く者を立たせいっ。篝火も各所へ」
九助「前籠は元より、センゴ、大間、荒木崎にも見張りを立て」
役人「はっ」
松元「鉄砲は何挺あるか」
九助「7挺しかーー」
松元「左様か……しっかりと手入れをさせい」
九助「はっ。そいから竹槍の用意を致しもす」
松元「先端はしっかりと焙っておけい」
九助「もちろん」
九助「平田の2人(藤助・平六)、お主らは急しこて腕っ利きの良か者を集めて竹を刈れ」
藤助「分かいもした」
平六「根絶やしにして来もんそ」
九助「他ん者は、見張りと竹の研ぎ出しを手分けして取い掛かれ」
役人「はっ」
 各自、九助の指示に従い持ち場へ赴いていく。
九助「藤助……」耳元で一言呟く。
藤助「良かとですか」
九助「ああ、良か」

 番所には松元、貴島、九助、理兵衛の藩在番4人が残り、協議を続けている。
理兵衛「前田殿が戻られましたぞ」
九助「おお、前田殿。村人の様子は如何でしたか」
前田「ええ、怯えてはおりましたが、どうにか落ち着かせてきもした」
松元「難儀であったな」
前田「なんの……こげん時こそ村役人の務めですから。そいから、男衆には役人を手伝うよう言っておきもした」
九助「前田殿。明日一番にて、(奄美)大島へ飛報を頼み申す」
前田「ええ、万一に備え、船は2艘用意してありもす」
理兵衛「さすが前田殿。仕事が早かですな」
九助「では、もう1艘にはこちらの貴島殿を。そいから平田の2人も」
前田「おお。これは心強い」
理兵衛「力自慢の2人ですからね」
貴島「では、よしなに」
九助「……そいから、助之丞と後藤兵衛にも加勢するよう伝えもした」
松元「なにっ、あの賊徒どもかっ」
九助「手荒な奴らですが、相当に腕は立ちます」
松元「ーーうむ。存分に働かせい」
九助「はっ」

 潮風によって濡れる藪の中、男たちが竹刈りに精を出す。
平六「こしこあれば良かろう」
藤助「良かかのう」
平六「お主らも。もう良かで運べ」
後藤兵衛「へい。助之丞、もう良かど」
助之丞「おう。しかし、牛を喰うとは。美味かとかね」
後藤兵衛「薩摩におったころは、そげな噂もあったがね」
助之丞「〆め方が難儀そうじゃ」

 4人は、前籠の海沿いを少し歩き、サバクに座り込み研ぎ出しを始める。
藤助「夜が明けたら、オイらは大島じゃ」
助之丞「大島から加勢がもらえたら良かとですが」
後藤兵衛「また来っとも分からんど」
藤助「来っとしたらここじゃ」
平六「センゴかもしれんど」
後藤兵衛「そいじゃ、オイは大間」
助之丞「藤助さんの言うとおり、おそらくここじゃ」
藤助「散らばしとこか。他ん者にも言うとけ」
 半信半疑ながらも、平六と後藤兵衛は各地へ伝えにゆく。
 どこで戦闘が起きても直ぐに使えるように、竹槍を藪や浜の中に散らばせ、隠す。

 こうして、たった一晩のうちに孤軍なりの要塞を築き、篝火が輝く眠らぬ島となった。

決裂

 夜が引き明ける頃、北方にいた佐吉が九助たちのいる番所へ息荒く走り込んで来る。
 大船が前籠の沖合5里(20km)ほどに現れたと。
九助「来たか……」
松元「うむ。では、手筈通りにーー頼むぞ」
九助「はっ。では、参るぞ」

 村人たちはまたも慌てふためいたが、役人の指示に従い、家の中へ身を隠した。
 中には役人を信じきれぬのか、集落を抜けて山へ逃げる者や、島最高峰のイマキラ岳に登り出す者もいた。

 船を出そうとしていた前田たちにも知らせが入る。
平六「早よ出さんとっ」
藤助「いや待てっ」
前田「そうですな。行かぬほうがよろしい」
平六「へっ」
藤助「こげんなボロ船じゃあ、たちまち追いつかる。何をさるっか分からんど」
 一同、沈黙の間のあと、船を浜へ引き上げ近くの藪へ身を隠す。
平六「こいで、大島からの加勢は無えごなったな」

 日が盛る前には、昨日と同じく沖合半里(2km)ほどの位置に構え、錨を叩きつける。
 昨日同様、脚船が降ろされ異人が乗り込みやって来る。
 浜には九助たちが待ち受けているが、やがて前田たちも駆けつける。
前田「申し訳ない。大船が見えたので急遽取りやめました」
九助「いえ、妥当です。もし追われでもしたら」
藤助「んっ、おいっ、2艘おるぞっ」
 役人の間に緊張を超えた動揺が走る。
九助「焦ったらいかん。落ち着くんじゃ。オイと前田殿、そいから助之丞で対応する」
 役人たちは藪の中に身を隠す。
九助「貴島殿、松元様にこの旨をお伝えくだされ」
貴島「相分かった」番所にて待機する松元の処へ、急ぎ走る。

 やがて浜に異人たちが降り立った。人数は当然、昨日の倍である。腰や手には、面長い鉄砲や、いがいがしい銛を携えている。
 九助たちは冷静を装いながらゆっくりと歩き、そして異人たちに対峙する。

 異人たちは柔かな表情でペコリと頭を垂れる。そして、昨日同様に小柄な男が前へ出て九助たちと対峙する。
異人『筒から紙を取り出し、手渡す』
九助『(国字が書かれているが読めず)首を振り紙を返す』
 異人のクチギワが軽く上がり、うんうんと頷く。そして、脚船から木箱を持って来させる。
異人『琥珀色の瓶を差し出し、にこやかな表情で頬を擦り、左右に首を垂れる』
九助『(ーー酒か)頷いてみせる』
助之丞『瓶を手に取り、匂いを嗅ぐ(うっ)』
前田「おそらく、麦を含んだ酒じゃろう」
異人『少し燻んだ飴色の物を差し出し、食べる仕草をする』
九助『(ーー餅か)手に取り割ってみる』
 中は薄く浜色がかっており、ボソボソと細かい穴が空いている。
前田「小麦かのう」
異人『衣服や剃刀、小刀、時鳴鐘を差し出しす。特に時鳴鐘は誇らしげに』
九助『(ーー似たようなものを長崎で見たな)手に取り見回す』
前田「清にも劣らず、綺麗な物ですなあ」
異人『満面の笑みで、布袋から金貨や銀貨を差し出す』
助之丞『ついつい、物珍しそうに見入ってしまう』
前田「はっはっは。性ですな」
 異人たちは安堵の表情を浮かべる。
異人『浜の近くで草を食む牛を指し、それから差し出した物と牛を交互に指し、手を合わせ頭を垂れる』
異人『大船を指し、自身の鎖骨を指でトントンとたたき、両の指を大きく広げ、ゆっくり7回折り曲げる』
 一瞬、眼光が鋭く異人へ向く。前田と助之丞は九助を見やり、指示を乞う。
九助「……助之丞、番所へ行って食い物を持ってこい。松元様が手筈は整えとる。藤助と平六にも手伝うてもろえっ。倍の量でと伝えっ」
助之丞「へいっ」 

 助之丞たちが来るまで間を持たすため、異人に探りを入れる。
九助「……ナガサキ、オランダ」
異人「オオー」歓声が上がる。
九助「オランダ」
異人「ノー」首を大きく横に振る。
 浜に転がっている細めの枝を手に取る。
異人『砂浜に小さく丸を描き、1尺ほど間をあけ少し大きめの丸を描く。小さい丸を指し「オランダ」、もう一方の丸を指し「インキリスウ」と叫ぶ』
九助「……なるほど。エゲレスですな。フェートン事件の」
前田「ほう。流石に詳しいですな」
九助『(理解したと)大きく頷く』
 異人たちのクチギワが釣り上がり手をたたく者もいる。
 次いで丸を足で撫で消し、
異人『大きな魚を描き、その横には小さな魚を。大きな魚を手持ちの銛で突き、大船を指す。最後に頭上に2本の曲線を描いてみせた』
前田「鯨ですな」
九助『(鯨か)笑みをこぼして頷く』
 またまた歓声が上がり、今度は口笛を鳴らす者もいる。束の間ではあるが、場は和らぐ。

 しばらくして、助之丞たちが棒手振りのようにして戻ってくる。ぜえぜえと息を切らしながら、こぼさぬようゆっくりと浜へ降ろす。籠には米や野菜などが大量に入っている。
九助「ご苦労じゃった」
助之丞「いえっ」
平六「松元様も気前が良すぎじゃっ。こげん要らんでしょう」
藤助「薩摩なりのもてなしじゃ」
理兵衛「ないごて、オイまで……」

 籠に目をやる小柄な異人の肩を、優しくたたく。
九助『カゴを指し、もう片方の掌を返し軽く前後へ振る』
 異人たちはゴクリと息を呑み、籠に群がる。唐芋や里芋、大根、茄子などを手に持ち、笑いながら脚船に積み込む。
 特に鰹節に興味を示し、頭に打ちつける者もいる。その場にいる一同で笑みをこぼす。
九助『木箱を指し、もう片方の掌を返し軽く前後へ振る』
異人『木箱を指し、もう片方の掌を返し軽く前後へ振る』
九助『クチギワを横に伸ばし、ゆっくり首を振る。』 
異人『「オオウ」クチギワが下がり、首を垂れる』
九助『「すまん」クチギワが上がり、頭を垂れる』
 異人たちは九助の、そして島の丁寧なもてなしに感謝し、手を振りながら帰っていく。
 小柄な異人は最後まで手を振っていた。釣られた九助も手を振りかえす。

仕掛け

 異人たちが引き上げて間もなく、番所にて報告を行う。
松元「エゲレスか」
九助「はい。鯨の漁り船でした」
理兵衛「ようあげな、太っとか船を作るっもんじゃ」
九助「どうしても牛が欲しかったようですが」
平六「じゃっどん、鰹節をようけ気にいっとたなあ。カブりつくっとじゃねえや」
前田「ほっほっほ。小刀で削るよう、身振り手振りで伝えもした」
理兵衛「そんあとはーー」
前田「ほっ。腕の見せ所でしょうな」
九助「それからーー」
 その時、遠見番の男たちが大声で番所へ駆け寄る。
孫吉「大変じゃあっ」
助之丞「どげんしたっ」
孫吉「3艘っ。3艘の脚船が大間の方せえ」
 場は一瞬にして凍りつく。次いで目の色を変え、「なんちかあ」「あんしはうんの」「わっぜえこっちゃが」怒号が響く。
九助「行っど。急げっ」

 大間には3艘の脚船が接近している。だが、この日も巽の風が吹いており、難航し倦ねている。
 一同が着く頃には、とうとう引き返して行った。息を切らし立ち止まっていると
藤助「前籠じゃっ」
 何のことか理解出来ぬ者も多かったが、助之丞は後藤兵衛を連れてとっくに走っている。
平六「やっぱり前籠かっ」
 一同、今度は前籠に向けて走る。

 3度目の飛報に、村人は慄然を蒸し返す。侍の雄叫びに触発され、ワー、ギャーと雄叫びを返す。
前田「いかん。逃げえっ。ゴンタの向こうへ行けえ」
 南方の山を指し促すが、慌てふためく村人たちは散り散りに走り去る。中には這いつくばる者や、泣き叫ぶ子供の口を押さえ、抱えるように走り去る親子も見える。

 前籠では藪の中に身を隠した2人が浜の向こうを眺めている。
後藤兵衛「やっぱり藤助さあの言った通りじゃ」
助之丞「一点張りじゃ。あっちこっち張っても結局はここせえ来る」
後藤兵衛「でも大間せえ行ったど」
助之丞「前籠には2度来た。向こうにとっても地の利があっどがよ。ここしかなか」

 藤助と平六が息を荒げて駆けつける。
後藤兵衛「やっぱい、藤助さあの言ったとおりでしたなあ」
助之丞「大間は探りじゃ。巽に助けられたどん」
藤助「確かになあ。じゃっけど、こっからやっど」
 少し遅れて九助たちが駆けつける。
藤助「松元様へは伝えましたか」
九助「おう。鉄砲を用意した」
藤助「誰が握いますか」
九助「まあ、待て」
 一同は3艘の脚船が前籠へやって来たのを確認する。
 脚船は勢いよく波を切りながら浜へ駆けつける。到着しようとするその瞬間、今まで誰も聞いたことがない地鳴りを超えた悲鳴が心臓を一撃する。

 九助たちは目の前の情景を模写した状態に陥り、気がついた時には、異人たちが浜へ降り立ち雄叫びを上げながら走り回っていた。その数20名以上。
 浜から島全体へ向けて、容赦なく面長い鉄砲に込められた弾丸が、トビウオのように疾走する。
 九助たちの前へも弾丸が疾走し、慌てふためき番所へ引き返すものが続出する。
九助「大砲じゃっ。いかん、一旦戻っど」
助之丞「鉄砲を。オイたちが残って挟みます」
九助「大丈夫かっ……分かった、無理はすんなよ」
助之丞「へいっ」

 九助たちは番所へ引き返し、崖っぷちの戦略を練る。この間も大砲や鉄砲、もはや誰とも分からぬ雄叫びが上がっていた。
九助「松元様はっ」
理兵衛「貴島殿と丘の天面に。状況を見にーー他ん者も逃げましたっ」
九助「そうか」
理兵衛「どげんしますかっ」
九助「来るとしたら村に通じるこの一本道じゃ。入って来たところを討つ」
藤助「両脇で挟みますかっ」
九助「ああ。助之丞と後藤兵衛は浜の藪におるから、三方から挟むぞっ」
平六「鉄砲は誰が持ちますか」
九助「藪の2人には渡した。あとは……オイと平田の2人。理兵衛、お前も頼むぞっ。前田殿、最後の1挺は松元様に」
前田「はい。届けましょう」
理兵衛「でも、鉄砲は九助さあしか使うたことがなかしなあ」
藤助「慎重にいかんとなあ」
九助「相手の真ん中を狙え。じゃっどん、無理はすんなよ。鉄砲が使えんかったら撒いた竹槍で突けっ。ーー行っど」
 腹を据えた勇猛な男たちが、いざ決戦の地へ参る。

一撃

 浜では異人たちが鉄砲を乱射し暴れまわる。藪に身を伏せる助之丞たちは、威力に怯えながらも懸命に様子を追う。
 異人たちは牛を追いまわし、やがて一頭に狙いを定める。
後藤兵衛「射ったかっ」
助之丞「いやっ、外した。脚に逸れたーーあっ」
後藤兵衛「射ったどっ。2発目が射った」
助之丞「こいで1頭、狩り獲られたな。4人がかりで運んどるぞ」
後藤兵衛「おいっ、向こうも。搦め獲ったど。今度は2頭じゃ」
助之丞「上手いこと手綱を引いとる。3人づつーー伏せっ」
後藤兵衛「どげんした」
助之丞「そこの丘ん上に1人おる。見張りじゃろ」
後藤兵衛「じゃっどん、そこからは番所は見えんよな」
助之丞「ああ、死角や。唯一の救いじゃ」

 島へ向けての大砲や、村へ向けての鉄砲の雄叫びが鳴り止まぬ中、九助たちは浜から番所へ通じる道の途中に着く。
九助「此処らでよかろう」

撤退

帰せぬ黒船

塩漬け

その後

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